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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.12.21] ■■■
[527] 悪行の巻の構成意図
巻二十九は、芥川龍之介の「偸盗」「羅生門」「藪の中」ネタにしたことで知られるが、巻題は"悪行"である。
この概念には注意を要する。

ヒトだけでなく、畜生の行為も含まれているからだ。

そして、ヒトの方だが、仏教的な見方とは違う可能性があろう。
輪廻からの解脱を妨害する行為を悪業と呼ぶのだろうが、当然、そののなかに入る破戒行為はすべて悪業と言えるのか、疑問あちとの主張と違うか。

つまり、悪行≠悪業であり、破戒≠悪業でもあり、必ずしも一致しないとの見方を提起していることになる。

換言すれば、戒を破れば悪で、戒を遵守すれば善と、単純に言ってよいのか考えてみよ、ということになろう。
 不殺生戒…殺人、狩猟/漁獲・屠殺/肉食・毛皮
 不偸盗戒…強奪、詐欺、無許可借用
 不邪婬戒…強姦


「今昔物語集」では、生きていくために戒を破るしかなかったり、外見からすれならず者でも、本心から佛に帰依している人の姿が描かれている。それをよく似た問題と言ってよかろう。

例えば、㉕胎児の肝取りについても、そこだけ見た残酷さはあるものの、社会安寧という冷徹な判断を考えると何が善かは簡単には判断できまい。㉙のレイプを逃れるために赤子を人質に残して逃亡した母親にしても、子供は斬殺されてしまったのであり、価値観によっては善悪判断は一転しかない。
それぞれのヒトは。生きて行く上で離れようがない、社会的に決められた"クラス"に所属しており、そこでの価値観に従って行動をおこしているだけ。そこに"汎"理念的善悪判断を絡ませてもたいした意味はなかろう。

実際、⑲に登場する盗賊袴垂は、捕縛されたので切腹した殿上人と言われている。噂や冗談としても、上層に盗賊がいたのは間違いない。誰が考えても、手引きする者が至る所にいるし、匿ってもらっている訳で、その仕組みのなかで、良くも悪くも生活しているに過ぎない。もちろん、その道以外にも選択肢はあたろうが、始まってしまえば抜け出ることは容易ではない。それが"クラス"社会の掟。
欠文の⑯も、とある女房は盗が生業だというのである。正体を見破ることができたという話なのだろうが、そうそう表だって語れるものでもなかろう。
巻頭の①など象徴的。捕らえられた盗人は天皇も知る親近者で、即、釈放となる。社会はグルが絡み合った複雑な構造になっており、それほどの自由度がある訳ではない。
⑧など、どう考えるか、読者に突きつけている話と言えないでもない。
  十二月の晦、大内裏に近い下野守藤原為元家に強盗が入り、
  騒がれたので女房一人だけさらって逃亡。
  窃盗に入って、居直り人質を取って逃亡したように見えたが、
  途中で、身包み剥がし棄てて行ったのである。
  その女房は誤って川に落ち、寒風のなか凍死。
  野良犬に喰われるという残酷な最期。


この話は有名で女房の素性も知られている。・・・
花山院と乳母の娘 中務(平祐之女)の間にできた皇女。女房の里子に出され、上東門院・彰子に仕えるまでに育ったのである。
花山院は中務の娘の間でも子をもうけており、解説ではたいていは色好みの天皇とされているが、恋が大事なお勤めでもあり、その評価でよいかはなんとも。それはそれ、実態はなんとも言い難い事件なのである。単なる盗みではなく、もともとその女房に対する嫌がらせだった可能性もある。それが手違いでこのような結果を招いたということ。

個々の行為が反仏教の悪業か否かなど、当人でもわからない訳で、ましてや凡な第三者に判定などできる訳がないのである。わかることは1つだけで、自分の"クラス"での風習に反するか否かという点だけ。それができないと、生活上難儀するからである。

ただ、汎悪行の定義ができない訳でもない。
"意図的に、他者に精神的あるいは肉体的に苦痛を与えること"とすればよいのである。
ヒトだろうが、畜生だろうが、感覚ある生き物には通用するだろう。もちろん、悪業とは全く次元が異なる概念である。
この巻では、"非意図的に、他者に精神的あるいは肉体的に苦痛を与えること"も悪行なのかということになろうか。"クラス"外から見れば、それは悪行だが、内部では習い性で自然に体が動くのである。
さらには、盗殺行為を見ているだけの第三者が精神的ダメージを受けたなら、それも悪行ということになるのではないか、という問いかけも。
畜生行為の場合、益々わからなくなる。現代も、この辺りは大混乱だが。
【本朝世俗部】巻二十九本朝 付悪行(盗賊譚 動物譚)
-----1〜30 盗賊・殺人者譚-----
[_1] 西市蔵入人語📖"羅生門"
[_2] 多衰丸調伏丸二人人語📖袴垂
[_3] 不被知人女人語📖"羅生門" 📖SMショート
[_4] 隠世人聟□□□□語📖本朝社会規範攷
[_5] 平貞盛朝臣於法師家射取人語📖平貞盛
[_6] 放免共為強入人家被捕語📖"羅生門"
[_7] 藤大夫□□家入強被捕語📖盗鐘団
[_8] 下野守為元家入強📖花山院
[_9] 阿弥陀聖人宿其家被📖毒茸 📖阿弥陀仏信仰
[10] 伯耆国府蔵入📖窃盗に対する刑
[11] 幼児瓜蒙父不孝語📖瓜盗み喰いの幼児を勘当
[12] 筑後前司源忠理家入人語📖盗人の裏をかく
[13] 民部大夫則助家来人告害人語📖天井から鉾刺
[14] 九条堀河住女夫哭語📖"羅生門"
[15] 検非違使糸被見顕語📖"羅生門"
[16] 或所女房以為業被見顕語 (欠文)
[17] 摂津国来小屋寺鐘語📖盗鐘団
[18] 羅城門登上層見死人人語📖"羅生門"
[19] 袴垂於関山虚死殺人語📖袴垂
[20] 明法博士善澄被📖盗鐘団
[21] 紀伊国晴澄値人語📖馳射道
[22] 詣鳥部寺女値人語📖鳥辺山
[23] 具妻行丹波国男於大江山被縛語📖"羅生門"
[24] 近江国主女将行美濃国売男語📖本朝社会規範攷
[25] 丹波守平貞盛取児干語📖平貞盛 📖止ん事無き医師
[26] 日向守□□書生語📖"羅生門"
[27] 主殿頭源章家語📖狩猟狂
[28] 住清水南辺乞食以女謀入人📖天井から鉾刺
[29] 女被捕乞丐棄子逃語📖本朝社会規範攷
[30] 上総守維時郎等打双六被突📖双六勝負
-----31〜40 動物譚-----
[31] 鎮西人渡新羅値虎語📖琉球國 📖蟲への布施行
[32] 陸奥国狗山狗咋大蛇語📖犬譚
[33] 肥後国鷲咋蛇語📖子攫い鷲 📖鷹 v.s. 蛇
[34] 民部卿忠文鷹知本主語📖子攫い鷲 📖飼鷹
[35] 鎮西猿打鷲為報恩与女語📖子攫い鷲 📖猿譚
[36] 於鈴香山蜂螫殺盗人語📖大胡蜂の襲撃
[37] 蜂擬報蜘蛛怨語📖蟲への布施行
[38] 母牛突狼語📖仔を護った牛の"お話"
[39] 蛇見女陰発欲出穴当刀死語📖蛇の性譚
[40] 蛇見僧昼寝𨳯呑受死語📖蛇の性譚

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