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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.12.23] ■■■
[附61] 滑稽と諧謔
😃😄万葉集巻十六には戯笑が30首、重複もあるが、嘲笑が16首収録されている。小生でも知るのは、大伴家持の"むなぎ"位だが。[#3853]
 石麻呂に 我物申す 夏痩せに
 良しといふものそ 鰻捕り召せ


その後「古今」では誹諧歌となり58首となる。
その流れは次第に奔流化したらしい。

その結果、こんな批判が生まれて来る。
"(第6勅撰和歌集)詞花集(1151年)は殊に様はよく見えはべるを、余りにをかしき様の振りにて、ざれ歌ざまの多く侍るなり。"[藤原俊成:「古来風体抄」1197年]・・・この指摘の通りで、"狂歌まがいの作品が、勅撰集をかざるようになったということは驚くべき事実であった。"[風巻景次郎:「中世の文学伝統」1947年]ということ。

小生が驚かされたのは、「笑い」を、低俗な人々の下品な行為と、アプリオリに決めつける姿勢の方である。
「笑い」を公的場面から殺したい人達が少なくないのは、国家統制官僚管理社会を愛好する勢力だらけだから致し方ないとはいえ、文芸分野でもそれに声援を送る人達が大勢いるのだから恐れ入る。
本朝では、笑いこそがコミュニティ観念を作り上げることは、「古事記」を読んだことがあるなら、わかりそうなもの。天岩戸を開かせたのは八百万の神が笑ったから。

自由精神を愛好する「今昔物語集」編纂者は当然のことながら「笑い」公認派に付くことになるが、そう単純なものではない。
それを読者に理解頂くため、【本朝世俗部】巻二十八本朝付世俗(滑稽譚)に44もの数多くの話を収録せねばならなくなった、と拝察する。

と言うのは、「今昔物語集」編纂者はサロン活動を通じて書を成立させたと考えているから。そのような場は、お金と時間さえあれば、物理的には誰でもすぐに作れるが、活力ある自由精神発揮が可能な雰囲気は並大抵のことでは創れるものではない。
なかでも難しいのは、談笑しながら、意見が分かれるシリアスな問題を取り上げること。
しかし、これができないなら、サロン開催の意味が無くなってしまう。
編纂者はそこらを、よく理解しており、だからこそ滑稽譚収録が膨らんでしまったのだろう。

そもそも、笑いとは、皆で"可笑しさ"を共有できる嬉しさを表現したもの。原始の時代から培ってきた習慣だろう。独り笑いとは、皆の存在を頭の中で仮想的に実現していると思えばよい。
どうして皆が同じ様に感じるのかは、難しい問題だ。
小生は、44譚を読んでいて、悲劇が存在することが不可欠な感じがする。悲劇だから、ビックリする訳だが、そこに予想しなかった矛盾の存在に気付くと、笑いに転じるのではなかろうか。

ポイントは悲劇の定義にある。それは、必ず、コミュニティ独自の"クラス"観から見たもの。普段は誰も気にも留めていないが、共有している価値観が存在しており、それに根差した貴卑観があり、悲劇とは卑に落ちることを意味する。
本来的には、それは侮蔑すべきものだが、ふと、そこに齟齬を感じると、笑うことでそれを容認するしかなくなるのだろう。

そう考えると、笑いは2種あることに気付かされる。"クラス"内と"クラス"間。
しかし何れにしても、"クラス"の本質でもある、品格と精神性重視の貴聖 v.s. 自由奔放な卑俗という観念から生まれる揺れが起こす現象と言えるのでは。社会構造によっては、そうした笑いに様々な歪みが生まれるのでわかりにくくなるが。

前段が長くなってしまったが、「今昔物語集」の滑稽譚集について。

すでに書いた通り、同様な話を収録する書と大きく違うのは、譚末の一行ご教訓が目立つのと、単なる笑いを誘うような書き方に映らないような配慮がされている点。
ただ、「今昔物語集」はご教訓を理屈で説教しようと意図して編纂されている訳ではないので注意を要す。
それともう一点。巻題は世俗である。仏法ではないとしているにすぎず、滑稽と見なすのは解釈である。

この巻でビックリさせられるのは、僧の登場譚が四分の一も占めている編纂方針。素人からすれば、俗から離れるために出家した人達が世俗の話に登場してくることに相当な違和感を覚える。現代では、ほとんどの僧は俗人となんら変わりなき生活を送っているが、この時代すでにそうなっていたとは思えないからだ。
しかもその内容たるや、殺人未遂[#18]や不倫のトンデモ破戒僧[#11]の話だったりして。死して破格の香典料を頂戴したのを見て、自分もあやかりたいと思う僧まで登場[#17]。いずれも名だたる寺の高僧の、馬鹿丸出しの恥かき姿を描き笑いをさそう訳だが、まさに大衆週刊誌記事的な様相を呈している。ソリャー、確かに世俗話ではあるものの、笑って済ませるような話題ではなかろう。

一方、俗人は数が多いだけに、機知の素晴らしさを謳った譚が目立ってくる。
これは諧謔の裏返しかも。
そんな両者を混在させるところをみると、この巻では、笑いの根源にせまってみようとの意図あり、と見てもよさそうだ。
換言すれば、この巻は、自分の感性を極限まで研ぎ澄ませて、何故に笑ってしまうのか考えてみるために設定したことになる。
巻尾譚を読めば、どうしてもそんな感じになってくるのだ。・・・一寸した勘違いを滑稽とみなす話で、インテリなら苦笑するだろうが、一体なにが面白いのと言い出す人がいてもおかしくない内容。
[#39]譚に至っては、現代も見掛ける、虐め殺しをして、皆で笑う類の話。
これを生み出すのが"クラス"である。
「全44譚を読んで、そのことに気付いたかネ?」と問いかけているようなもの。
(食習慣は笑い以上に"クラス"を明瞭にする力があるが、こちらはいたって歯切れが悪い。茸食でそれを語るのは無理があろう。)

そのなかでは、[#22]"仰ぎ中納言"譚は特筆モノ。話自体には笑っている人が存在しないからだ。しかも、冗談にもほどがある、と怒る人がいておかしくないストーリーに仕上げてある。
しかし、これは、読者への"くすぐり"として入れ込んだ可能性もあろう。
・・・と言うことで、この巻は格別ユニークで、凝った造りになっている。

何故か。

そこまでしたくなったのは、引用方針の註的役割をも担わせようとの目論見と言うことか。
「酉陽雑俎」の姿勢とは正反対で、引用元については、めったなことでは触れていないから、終わりに近付いたので、ここらでその理由をお示しておこうと。

どうしてこんな話が笑い話として伝承しているか考えてみたまえ、と問題提起することでその解説に替えているのだ。

誰かが、誰かに、そのような話を伝える必要性を感じない限り、伝承話は存在しえない。しかし、滑稽談を伝えなければならない必然性は一般的には極めて薄い。従って、それを考えるだけでも価値がありますゼ、ということ。

・・・元ネタは何らかの意図のもとに伝承することになったのであり、書いてあるという点では事実だが、書いてある内容の方は、余計な部分を削り、曲解や無意識的潤色が満ちていると考えるべきモノ。従って、原典の出所を示したからと言ってそれほどの意味は無いと判断した訳です、との一言が含まれていそう。

コレ、現代にも通用していそうなので恐れ入る。
定本での解説者の言によれば、他の巻で教授して来た「今昔物語集」の価値観や秩序は、この巻の説明で解体されるそうだ。諧謔的指摘なので、思わず苦笑。
【本朝世俗部】巻二十八本朝 付世俗(滑稽譚)
  [KEY] ヲコ=嗚呼呼ばわり =嗚呼とは呼ばぬが非常識
      =上記に含まれない食に関する譚
-----1-10(除:5,8) とっかかり-----
[_1] 近衛舎人共稲荷詣重方値女語ヲコ📖近衞官舎人 📖子攫い鷲 📖下毛野朝臣
[_2] 頼光郎等共紫野見物語ヲコ📖源頼光
[_3] 円融院御子日参曽祢吉忠語📖曾丹 📖円融天皇崩御哀傷歌
[_4] 尾張守□□五節所語ヲコ📖五節舞
[_5] 越前守為盛付六衛府官人語📖近衞官舎人 📖下毛野朝臣
[_6] 歌読元輔賀茂祭渡一条大路語ヲコ📖"禿頭に冠"で大爆笑
[_7] 近江国矢馳郡司堂供養田楽語📖嗚呼絵師 📖疫病神の伴善男
[_8] 木寺基増依物咎付異名語📖嗚呼絵師 📖興福寺僧一瞥
[_9] 禅林寺上座助泥欠破子語ヲコ📖嗚呼絵師
-----5,8,10-16 機転を味わう-----
[10] 近衛舎人秦武員鳴物語📖近衞官舎人
[11] 祇園別当感秀被行誦経語📖祇園別当
[12] 或殿上人家忍名僧通語📖祇園別当
[13] 銀鍛冶延正蒙花山院勘当語📖花山院
[14] 御導師仁浄云合半物被返語📖嗚呼絵師
[15] 豊後講師謀従鎮西上語📖嗚呼絵師
[16] 阿蘇史値盗人謀遁語📖追い剥ぎ騙し
-----17-28 少し毛色が違うが-----
[17] 左大臣御読経所僧酔茸死語📖毒茸
[18] 金峰山別当食毒茸不酔語📖毒茸
[19] 比叡山横川僧酔茸誦経語📖毒茸
[20] 池尾禅珍内供鼻語ヲコ📖慶滋保胤
[21] 左京大夫□□付異名語ヲコ📖綽名
[22] 忠輔中納言付異名語📖綽名
[23] 三条中納言食水飯語📖肥満
[24] 穀断聖持米被咲語📖仙境
[25] 弾正弼源顕定出𨳯被咲語📖小野宮実資
[26] 安房守文室清忠落冠被咲語ヲコ📖落冠嘲笑
[27] 伊豆守小野五友目代語📖傀儡師
[28] 尼共入山食茸舞語📖毒茸
-----29-43 じっくり考えて欲しい-----
[29] 中納言紀長谷雄家顕狗語📖紀長谷雄 📖平安京の妖怪屋敷
[30] 左京属紀茂経鯛荒巻進大夫語📖荒巻鯛
[31] 大蔵大夫藤原清廉怖猫語🐱ヲコ📖猫嫌い
[32] 山城介三善春家恐蛇語🐍📖蛇恐怖症
[33] 大蔵大夫紀助延郎等唇被咋龜語🐢📖亀譚
[34] 筑前守藤原章家侍錯語ヲコ📖呆気者と虚気者
[35] 右近馬場殿上人種合語📖落蹲
[36] 比叡山無動寺義清阿闍梨嗚呼絵語ヲコ📖嗚呼絵師 (後半欠文)
[37] 東人通花山院御門語ヲコ📖花山院
[38] 信濃守藤原陳忠落入御坂語📖毒茸
[39] 寸白任信濃守解失語📖真田虫男
[40] 以外術被盗食瓜語📖大道芸端緒
[41] 近衛御門倒人蝦蟆語ヲコ📖呆気者と虚気者
[42] 立兵者見我影成怖語ヲコ📖勇者ぶりたき男
[43] 傅大納言得烏帽子侍語📖烏帽子道化
-----44 巻尾-----
[44] 近江国篠原入墓穴男語📖墓穴置き引き

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