→INDEX ■■■ 「古事記」解釈 [2022.4.9] ■■■ [463][安万侶文法]而の訓 ・・・於是八百萬神共議而於速須佐之男命負千位置戶亦切鬚及手足爪令拔而神夜良比夜良比岐又食物乞大氣津比賣神爾大氣都比賣鼻口及尻種種味物取出而種種作具而進時速須佐之男命立伺其態以爲穢汚而奉進乃>殺其大宜津比賣神故所殺神於身生物者於頭生蠶於二目生稻種於二耳生粟於鼻生小豆於陰生麥於尻生大豆故是神產巢日御祖命令取茲成種・・・ これを見ればおわかりのように、漢文は幾つかの文字が指標になっているから、どうにか読めるのである。もっとも現代の漢文には句読点が挿入されていて、その有り難さは全くわからないだろうが。 太安万侶も漢文読みには苦労したに違いなく、倭語を漢字記載する時にはそこらを十分考慮した筈である。そのために重要な文字が幾つか設定されている。その1つが而。 ------------------------- 【句間字:而】 …(=そして or しかし) ≪而≫ [呉音]二 [漢音]ジ [訓]しこう-して しか-れども 等々 この文字を多用し過ぎの印象を抱きがちだが、句読点無き文章を連続して記載する以上、こうなるのは自然なこと。ただ、これを読み易くするための技法と考えるべきではなく、日本語での口頭コミュニケーションに於ける、句の認識のための工夫を文字化したと見るとよさそう。そういう意味では、この文字があるからこそ、日本人は「古事記」が読めるとも云えそう。 ------------------------- 用法の解説は色々あるが、漢文翻訳の時にこの【句間字:而】の部分をどう訳すというか、訓読文と呼ばれる公定様式になるように書く能力を身に着けるためのもの。従って、丸暗記が最良ということになる。 文法的解説と言っても、而の場合、前後を接続する助詞とされており、なにげなく繋がる場合もあれば、そのままの流れで続ける時もあり、場合によっては逆説となるという説明がほとんどだろう。一体、これにどれだけの意味があるのか理解に苦しむ。 要するに、前後の繋がり方を読み取って、而の部分を適当な語彙を補えという以上ではなかろう。従って、不要な場合もある。 要は、この語彙を標準化させる必要があるので、暗記せよということ。 小生は、「古事記」の地の文では、<而>は指定されない限り、どう読もうと勝手とされていると見る。もともと歌謡になたるところであり、そこで息を溜めて聞き手の注意を引いてもよいし、「そこでだ」と言って気分を乗せる手もある。アドリブで結構なのだ。句や文章の継ぎ目なのだから、筋をどう引き立たせるか考えて読みを決めればよいだけの話。 ただ、標準的な繋ぎ方はある。と言っても、覚えるほどのことなく、"常識的には"<て>。 もっとも、<て>だと言葉が繋がらない場合もあり、その時は<して>と補う必要がでてくるし、<て>など無くても結構なら、一息おいて"読まず"で一向にかまわない筈。 但し、内容から、ここは逆説となれば、<ても>がおさまりがよかろう。 ・・・なんら難しい話ではないが、「万葉集」の解説だと、訓読みはこの限りではないらしい。・・・例えば、テ ドモ モ シカモ シカシテ シカルモノヲ シカシナガラ等々が書いてあったりする。 実際の漢字を調べていないのでどうなっているのかわからぬが、文学表現にこだわりたいならどう書こうとかまわない筈。 基本はあくまでも<テ>でよかろう。・・・ [「万葉集」巻一#16] 取而曽思努布 青乎者 置而曽歎久 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く [「万葉集」巻一#28] 春過而 夏来良之 春過ぎて夏来るらし [「万葉集」巻一#67] 旅尓之而 旅にして [「万葉集」巻二#89] 居明而 ゐあかして なかには、えらく異なる読みが当てられているが、<テ>では、しっくりこない文章になるからでは。繰り返すが、どう読んでもかまわないのである。リスム感を保つことが必要とはいえ、工夫のレベルでどうにでもなるように思うが。 [「万葉集」卷九#1685] 散乱而在 川常鴨 散り乱れたる 川の常かも [「万葉集」卷十#2122] 心者無而 秋芽子之 心は無しに 秋萩の もちろん、漢文の重々しさを大切にするなら、<て>といった単純簡素な表現は敬遠されること間違い無しで、<しか-して しか-も しか-るに しか-れども>といった語彙を当てることになろう。ただ、流石に、「古事記」の訳に当てる人はいないのではないかと思うが。 尚、「古事記」では、「而」の用例は計554件(上巻280 中巻187 下巻107)あり、見たところ、逆説となるのは10件に達していないのではないかと思う。 ただ、目立つが。・・・ 爾 伊邪那岐命詔:「我身者成成 而 成餘處一處在」 確かに、ここは逆説であるから、漢文訓読み様式なら<しか-れども>が一番似合う。だが、漢文の国史とは違うのであるから、それでよいかは別問題だろう。それこそ、読まずに、息を溜めるのもアリだろうし。 実際、最適解は見出し難い。 「・・・我子八重言代主~是可白 然 爲鳥遊取魚 而 往御大之前未還來」 "鳥と遊び魚を取る為"につなげるのであるから、一番普通には"為に往った"となろう。しかし、"為として"と書くこともできる。もちろん而は<に>とも読むこともできる訳である。 ------------------------- 📖奈ではなく那 📖現代"の"文法との繋がり 📖"わ"は和 📖矜持を示す音素文字 📖琉を愛好 📖ヲを"遠"表記にする理由 📖ヲは袁にしたかったか 📖仮名案出の端緒 📖"之"文法の入り口 📖助詞<の>は乃でもよいのか 📖"ア"と"あ"を規定 📖語気詞の扱い 📖特別感嘆詞"然者" 📖接続詞不要の社会 📖ゴチャゴチャ表記の理由 📖構造言語文法は不適 📖句間字と文末字の重要性 📖膠着語の本質 📖日本語文法の祖は太安万侶 🗣📖訓読みへの執着が示唆する日本語ルーツ 📖日本語文法書としての意義 📖倭語最初の文法が見てとれる 📖てにをは文法は太安万侶理論か 📖脱学校文法の勧め 📖「象の鼻は長い」(三上章) 📖動詞の活用パターンは2種類で十分 📖日本語に時制は無いのでは 📖日本語文法には西田哲学が不可欠かも 📖丸暗記用文法の役割は終わったのでは 📖ハワイ語はおそらく親類 📖素人実感に基づく言語の3分類 📖日本語文法入門書を初めて読んだ 📖書評: 「日本語と時間」 📖日本語への語順文法適用は無理を生じる (C) 2022 RandDManagement.com →HOME |