→INDEX ■■■ 今昔物語集の由来 [2020.12.2] ■■■ [517] ジェンダー問題 苦悩から解き放たれるためには、恋愛感を超越し、性愛の欲求から離脱することが必要になるから、男女間に一線を設けるというのが釈尊の方針だったようだが、見方によっては女性側からの誘惑だけを問題視しているようにも映り、現代感覚から見れば明らかな女性差別と見なされても致し方ないところがあろう。 現実に、自らの意志で出家しても、性欲を抑えられなく場合もある。それがわからない筈もなく、そういう人は出家しなければよさそうに思うが、それもできない人も少なくないようだ。従って、比丘と比丘尼という夫婦関係を保ちながらの出家もあるし、高僧に公然の妻子がいたりと、事実上戒の意味がどこまであるのかさっぱりわからぬのが実情。 妻子への愛情という観点でも、妻子に何も知らせず突如出家したりする。愛の記憶を抹消できるものでもなく、この辺りをどのように考えるのかもよくわからぬところがある。 「今昔物語集」はそこらの問題を"信仰"目線ではなく、ママ眺めることに徹しているのが特徴と言えよう。 当たり前だが、"信仰"とは"批判"精神を封じることと同義である。 このため、自分の"信仰"に合わないモノすべてを批難することを、真摯に"批判"していると勘違いしたりするようだが、それを始めてしまうと、他人から何を言われても皆目その意味が理解できなくなる。それが酷くなると、反社会的な行為に走ることになる。 そこまで行くことは稀ではあろうが、"信仰"自体は誰にでもある。従って、そうはなりたくないと考えるなら、批判精神を完全に喪失してはいないか、俯瞰的に現実を直視することで省察する必要があろう。 「今昔物語集」は明らかに、そこらを踏まえた書といえよう。 それを踏まえて、女性をどう扱っているか見ておきたい。 先ずは、天竺だが、仏教史で取り上げられている【有名な比丘尼】については書き留めておいた。・・・📖天竺の比丘尼 "女人の出家する事、此れに始れり。" ① 【天竺部】巻一天竺(釈迦降誕〜出家) ●[巻一#19]仏夷母憍曇弥出家語📖仏伝 📖天竺の比丘尼 その最初の比丘尼である摩訶波闍波提/憍曇弥/瞿曇彌/大愛に、釈尊は、下記の、蓮華色、微妙、叔離を付嘱したとされている。・・・ ●[巻一#10]提婆達多奉諍仏語📖逆罪者提婆達多 …"羅漢の(蓮華)比丘尼は打殺されぬ。" 重視されている弟子である。📖ブーリダッタ竜王と宝珠@ジャータカを知る ② 【天竺部】巻二天竺(釈迦の説法) ●[巻二#31]微妙比丘尼語📖「賢愚因縁經」 ●[巻二#13]舎衛城叔離比丘尼語📖「賢愚因縁經」 📖莫迦賢人 ただ、耶輸陀羅(=羅睺羅の母)の出家譚は欠文。・・・ ● [巻一#20]仏耶輸陀羅令出家語📖仏伝 📖天竺の比丘尼 (欠文) 外道から見れば、尼となることを勧める仏教はけしからん、となる訳だ。・・・ ●[巻一#14] 仏入婆羅門城教化給語📖対外道六師婆羅門 年盛にして、形美麗なる女を見ては、 "世は味気なき者也。尼に成ね。"と誘へて、 頭を剃らしめつ。 小生など、思わず、バイオリンソロの美しいメロディーで有名な“タイスの瞑想曲”を思いだしてしまった。娼婦に"そのような罪を犯すでない。"とコンコンと説教する側が恋心を抱いており、改心して神に帰依する修道女になってしまって、会えなくなり、絶望との筋のオペラ。当然ながら、公演は稀。📖雑感: オペラ“タイス”の感想 そんな感想をついつい抱いてしまうのは、迦葉の発言に違和感を覚えるからでもある。 ④ 【天竺部】巻四天竺 付仏後(釈迦入滅後の仏弟子活動) ●[巻四#_1]阿難入法集堂語📖結集時の阿難 迦葉、問て云く、 「仏の涅槃し給ひし時、摩耶夫人、遥に忉利天より手を延べて、 仏の御足を取て、涙を流し給ひき。 其れに、汝ぢ、親しき御弟子として、制止を加へずして、 女人の手を仏の御身に触れしめたる、其の過如何?」 続いて、震旦の話を眺めると、尼も女性も、仏教信仰に関係する話がなかなか見つからない。 震旦の尼に関する情報が欠けていた訳ではないと思うが。 [例えば、宝唱:「比丘尼伝」@6世紀初頭] 儒教国大原則の男系血族祖崇拝からすると、流石に、その風土を否定するかのように、尼を同列に扱うことはできないのが実情と見たか。 ⑦ 【震旦部】巻七震旦 付仏法(大般若経・法華経の功徳/霊験譚) ●[巻七#18]震旦河東尼読誦法花経改持経文字語📖震旦法花経霊験 筋は別として、世間でどのように言われていたかが譚末に記載されているので、そう解釈したのである。 尼なれども、 経の文を本の如く祈り顕はす。 誠の心の深く有りけるにや 但し、この文の前に、"僧なれども、"の一文があることはある。それなりの気遣いか。 一方、本朝に入ると取り上げ方が一変する。 といっても、入口では、明らかに、女性の存在を軽視していると言ってよいだろう。現代感覚なら、蔑視以外のなにものでもないが、そういう社会風土だったのである。 ただ、書き方は、かなり意図的。現時点@院政期と全く違って、聖徳太子時代は、女性の役割が大きかった、と間接的に示唆しているようなもの。冒頭譚など、このママではストーリーがよくわからぬ筈。 ⑪ 【本朝仏法部】巻十一本朝 付仏法(仏教渡来〜流布史) -----1〜12 僧伝記----- ●[巻十一#_1]聖徳太子於此朝始弘仏法語 📖本邦三仏聖 📖弥勒菩薩 📖尼紫雲御来迎 …唐突に、役割不詳の尼が三人登場。仏教布教最初の3比丘尼に倣っているのか、はたまた巫女的存在なのか定かではないが、仏教伝来時のキーパーソンは女性だったのだ。 天皇、守屋の大連を寺に遣て、堂塔を破り仏経を焼しむ。 焼残る仏をば、難波の江に棄てつ。 三人の尼をば、責打て、追出しつ。・・・ 勅有て、三人の尼を召て、二人を祈らしむ。 亦、改めて寺塔を造り、仏法を崇むる事、本の如く也。 -----13〜38 諸寺縁起----- ●[巻十一#17]天智天皇造薬師寺語📖南都の寺 📖薬師寺ご本尊 …開基天智天皇の後を引き継いで、女帝の持統、元明がパトロンに。 ●[巻十一#18]高野姫天皇造西大寺語📖南都の寺 (後半欠文) …聖武天皇の御娘高野姫天皇(孝謙/称徳)は"女の身に御ますと云えども"・・・ ●[巻十一#19]光明皇后建法華寺為尼寺語📖尼紫雲御来迎 (欠文) …光明(聖武天皇)皇后の話は全面的にカット。本来なら、東大寺・国分寺設立進言、悲田院・施薬院設置、興福寺、法華寺、新薬師寺創建等々が記載されるべき箇所。「今昔物語集」を読むような人なら常識に近いのだから、何故に欠文になっているのか訝ること間違いなし。 ⑫ 【本朝仏法部】巻十二本朝 付仏法(斎会の縁起/功徳 仏像・仏典の功徳) -----11〜24 諸仏像----- ●[巻十二#15]貧女依仏助得富貴語📖大安寺中尊丈六釈迦如来像 ●[巻十二#17]尼所被盗持仏自然奉値語📖八幡宮放生会 ●[巻十二#18]河内国八多寺仏不焼火語📖阿弥陀仏信仰 ●[巻十二#19]薬師仏従身出薬与盲女語📖伝教大師の薬師仏像 -----25〜40 諸経典----- ●[巻十二#30]尼願西所持法花経不焼給語📖源信物語 [6:インプリケーション] …横川の源信僧都の姉は、"女の身也と云へども、心に智有て因果を知れり。" ⑬ 【本朝仏法部】巻十三本朝 付仏法(法華経持経・読誦の功徳) -----5〜16 読誦功徳----- ●[巻十三#12]長楽寺僧於山見入定尼語📖仙人空海 -----25〜32 往生----- ●[巻十三#26]筑前国女誦法花開盲語📖盲目開眼譚 -----35〜36 蘇生----- ●[巻十三#36]女人誦法花経見浄土語📖法華経授習 -----42〜44 執心で蛇転生----- ●[巻十三#43]女子死受蛇身聞説法花得脱語📖紅梅情緒 📖清少納言の八講観 ⑭ 【本朝仏法部】巻十四本朝 付仏法(法華経の霊験譚) -----29〜39 緒経典----- ●[巻十四#35]極楽寺僧誦仁王経施霊験語📖仁王般若経 …"母の尼君を以て祈らしむべき也。" グループ化すると、男女はほぼ均等な数の譚が収載される。だからといって、男女の描き方はほぼ同等という訳ではない。尼だと流浪を余儀なくさせられ、零落する可能性が示されているし、在俗では老齢化すると居場所がなくなること必定。悲惨な末路を辿るのではないかと思わせる書き方になっている。 ⑮ 【本朝仏法部】巻十五本朝 付仏法(僧侶俗人の往生譚) -----36〜41 尼----- ●[巻十五#36]小松天皇御孫尼往生語 📖尼紫雲御来迎 ●[巻十五#37]池上寛忠僧都妹尼往生語📖尼紫雲御来迎 ●[巻十五#38]伊勢国飯高郡尼往生語📖尼紫雲御来迎 ●[巻十五#39]源信僧都母尼往生語📖源信物語 [3:母からの手紙] ●[巻十五#40]睿桓聖人母尼釈妙往生語📖尼紫雲御来迎 ●[巻十五#41]鎮西筑前国流浪尼往生語📖尼紫雲御来迎 -----48〜53 在俗女性----- #48/49/51は老尼 ●[巻十五#48]近江守彦真妻伴氏往生語📖俗人女蓮華化生 ●[巻十五#49]右大弁藤原佐世妻往生語📖俗人女蓮華化生 ●[巻十五#50]女藤原氏往生語📖俗人女蓮華化生 ●[巻十五#51]伊勢国飯高郡老嫗往生語📖俗人女蓮華化生 ●[巻十五#52]加賀国□□郡女往生語📖俗人女蓮華化生 ●[巻十五#53]近江国坂田郡女往生語📖俗人女蓮華化生 -----1〜28 法華経----- ●[巻十五#27]北山餌取法師往生語📖餌取法師 📖比叡山僧往生行儀 -----40〜45 修法 陀羅尼----- ●[巻十五#43]丹波中将雅通往生語📖悪人往生 ⑯ 【本朝仏法部】巻十六本朝 付仏法(観世音菩薩霊験譚) -----16〜21 男女関係 婚姻成就----- ●[巻十六#16]山城国女人依観音助遁蛇難語📖観音ノ寺参詣 -----27〜34 貧困救済----- ●[巻十六#33]貧女仕清水観音値盗人夫語📖観音ノ寺参詣 ⑰ 【本朝仏法部】巻十七本朝 付仏法(地蔵菩薩霊験譚+諸菩薩/諸天霊験譚) -----17〜32 地蔵菩薩(蘇生)----- ●[巻十七#29]陸奥国女人依地蔵助得活語📖善行者の堕地獄 …「地蔵尼君」 ●[巻十七#31]説経僧祥蓮依地蔵助免苦語📖地蔵代受苦 …夫僧逝去後、妻である尼の夢で、地蔵に地獄で救われたことを語る。 ⑱ 【本朝仏法部】巻十八 (欠巻) ⑲ 【本朝仏法部】巻十九本朝 付仏法(俗人出家談 奇異譚) -----1〜18 俗人出家----- ●[巻十九#12]於鎮西武蔵寺翁出家語📖俗人出家 出家と言っても、女性は、在俗の夫のもとで生活するしかないのが普通。資産無しでの出家先などある訳もないのだから。 もちろん、高貴な女性は特別扱いされたりするが、それは身分保障の下に生活できる条件を備えている例外的存在。 ●[巻十九#17]村上天皇御子大斎院出家語📖大斎院 ●[巻十九#18]三条太皇大后宮出家語📖源信物語 [5:横川の僧] -----35〜44 三宝加護奇譚----- ●[巻十九#35] 薬師寺最勝会勅使捕盗人語📖三宝加護奇譚 …これは、女性が登場する話ではない。公の御使が、薬師寺最勝会からの帰路、奈良坂で盗賊に襲われた衣櫃を盗られそうになったがご加護のお蔭で無事逃れ、一味の一人をも捕縛との筋。力なき従者の老侍が、盗賊に、冒涜すると仏罰が下るゾ、と言ったからである。 その"力なき"を、尼のイメージで表現しているのが秀逸。これをどこかで書きたかったのだろう。 "(弁の侍)は七十に成て、 風に値たらむ尼をだに搦むべきに非ぬに、 此く搦めて来たる・・・" 尼は風に吹き飛ばされるような存在とされていたのである。おそらく、物理的にも、精神的にも、そのように見なされていたのである。 ⑳ 【本朝仏法部】巻二十本朝 付仏法(天狗類 冥界の往還 "その他") -----1〜14 天狗----- ●[巻二十#_5]仁和寺成典僧正値尼天狗語📖天狗 …「尼天狗」 -----15〜19 冥界----- ●[巻二十#18]讃岐国女行冥途其魂還付他身語📖魂入れ代わり …閻魔王の遣いを饗応し、同姓同名の他人を殺させ、その遺骸に魂を移して蘇生した女の話。 -----41〜46 他----- ●[巻二十#42]女人依心風流得感応成仙語📖仙境 …家貧くして、食物無し。子7人。心風流にして、永く凶害を離れており、非仏法の神仙に仕える女人だが、仙草を食して天を飛ぶ服薬仙となった。 ここで仏法部は終わるが、政治・経済上、女性の役割は極めて限定的である割には、かなりの数の譚が収録されていると見るべきではなかろうか。 社会の雰囲気としては、身分に無関係に、娘の将来の生活を案じる気分が濃厚だったように見受けられる。拠り所を失えば立ちどころに零落していく仕組みであるから、当然のことではあるが。 そのような社会状況だと、現世へのこだわりが強い観音・地蔵信仰から、来世の往生祈願に焦点が移るのは当然の流れのような気もしてくる。 世俗部に入ると、女性の場合、後ろ盾なき境遇だと悲惨な状態に陥るのがオチ。生きたまま捨てられることも希ではなかったようだ。 ㉔ 【本朝世俗部】巻二十四本朝 付世俗(芸能譚 術譚) ●[巻二十四#_6]碁擲寛蓮値碁擲女語📖碁聖 …無敵の碁打女に出会った家を再度訪れると、そこには尼しかいない。 ●[巻二十四#27]大江朝綱家尼直詩読語📖漢詩集 …廃屋に独りで住むしかなくなってしまった老尼。 大江朝綱は学者で、宰相になり七十余で逝去。 二条に住んでいた頃、中秋の名月の時期、 漢詩人仲間十数人が外へ。 荒廃し人の気配無き家で白楽天の作品を詩詠。 すると、老尼が現れ、「どなたか?」と尋ねられ、 「月見。」と答えた。 その老尼は、故宰相殿のお仕えしてしていたが、 皆亡くなり、今は一人住まい。 そして、詠んだ詩の間違いを指摘。 皆、その鋭い指摘に感銘を受け、贈り物をして帰ったのであった。 ㉘ 【本朝世俗部】巻二十八本朝 付世俗(滑稽譚) ●[巻二十八#28]尼共入山食茸舞語📖毒茸 …麓の寺に住む尼達。下働きも居ないようである。 ㉙ 【本朝世俗部】巻二十九本朝 付悪行(盗賊譚 動物譚) ●[巻二十九#24]近江国主女将行美濃国売男語📖本朝社会規範攷 …夫に先立たれた世間知らずの妻が、家事を任せている従者に売られてしまう。 ㉚ 【本朝世俗部】巻三十本朝 付雑事/雑談(歌物語 恋愛譚) この巻には、よく知られたモチーフが多い。📖歌物語(姥捨山) 📖歌物語(飼い葉桶) 📖継子殺戮 ㉛ 【本朝世俗部】巻三十一本朝 付雑事(奇異/怪異譚 拾遺) ●[巻三十一#_1]東山科藤尾寺尼奉遷八幡新宮語📖逢坂山越の寺 …財はあっても、縁者がなく、寺の傍らに住むしかない。勝手に法会を行うので教団から敵視される。 ●[巻三十一#30]尾張守□□於鳥部野出人語📖要介護老女 …兄にとっては、家で死亡されてはこまるから追い出され、鳥部野に放置されるのである。 (C) 2020 RandDManagement.com →HOME |